それ行け!小隊長! (スキー訓練) | ■ はなとだんなのぼやき帳 ■

それ行け!小隊長! (スキー訓練)

EPISODE4(スキー訓練)


2月のある週、連隊の新隊員を中心にスキー訓練を行うことになった。うちの中隊長を長として総勢100人近くの訓練隊だ。隊員を3トン半のトラックの荷台に詰め込み5台程の隊列を組んで俺達は訓練場へと向った。(トラックでの人員輸送だが、隊員を乗せる荷台はホロを被せただけなので、走ると後部の幌の隙間から自分のトラックの排気ガスが巻き込まれてきて隊員は頭痛や吐き気に苦しむし、降雪時はあちこちの隙間から雪が舞い込んでくるので顔まですっぽりと防寒具に包み込んで輸送中じっと我慢しているのだ。)
 宮城県のある温泉町の郊外に自衛隊の訓練用宿舎があり、俺達はここで1週間の予定で訓練を行う予定だった。
翌日から早速スキー訓練が開始された。ここでスキー訓練について説明しておこう。訓練はゲレンデを滑り降りる「滑るスキー」ではない。クロスカントリーばりの「走るスキー」だ。山間部をライフルを背負ってひたすら走るのだ。自衛隊員が使用するスキー板はごつい木材でできていて、まず折れることはないが重くて小回りがきかない。ビンディングは皮革でできている。ストックの素材は驚くなかれ「竹」だ。当然によく折れる。
 訓練初日には1周数キロのコースを全員で2列縦隊になってしっかりとしたスキー跡をつくるコースづくりだ。 このコースを30秒程度のタイム間隔でスタートしていくのだ。俺もある程度スキーはしていたほうだが、この「走るスキー」は初めての体験だったので、スタート早々からこけまくり、他の隊員にどんどんぬかれていく始末だった。小銃はあたかも忍者が背中に刀をかつぐように背負うのだが、走るにつれて小銃ががたがた背中で動いて、そのおかげで小銃の小さい突起が背中に当たって背中の皮がむける。(背中で動かないようにきつく締めると胸を圧迫して呼吸が苦しくなるし、緩めると背中がむけるといった具合だ)心得た隊員は小銃の突起部をガーゼ等でくるんでクッションにしていたようだ。
 さて、1日中訓練でへとへとになった隊員達にとって一番の楽しみの時間が夜の点呼から消灯までの時間だ。部隊内の部屋では禁酒だがこうして隊外へでてきたときは別だ!みんなで酒を持ち寄って毎日が宴会だ。女性がいないのでなんとも色気のない宴会だが、人数も多いので毎日一升瓶が何本も空になっていく。
 何日目かの訓練を終えた朝のことだった。訓練宿舎に警察から連絡が入った。夜中に宿舎近くの旅館の客室から現金の入ったカバンが盗まれたというのだ。なぜ我々自衛隊の宿舎に警察が連絡してきたのかというと、その旅館の周辺の雪の上に自衛隊の半長靴(ブーツ)の足跡がもろに残っていたというのだ。通常の長靴と違い自衛隊の半長靴の靴底は他に例がないといっていいくらいに特徴的なのである。
 青くなった中隊長は、早速隊員を招集し、我々幹部に一人ずつ身体検査までして隊員の持ち物を検査するように命じたのである。中隊長としては隊員の中に犯人がいないよう祈る気持ちでいっぱいであったであろう。・・・・・
 風呂の脱衣場を利用して我々幹部数人で隊員を目の前でパンツ一丁になるまで身体検査をして持ち物をすべて検査した。俺自身、隊員の身体検査をしながら非常に情けない思いがしたし、事件に関係がない隊員にとっても憤りを感じていたに違いない。訓練隊舎内には重苦しい雰囲気が充満していたし、中隊長としては一刻も早く事件に決着をつけたかったのだろうが、盗まれたカバンはその日ついに探し出すことはできなかった。 翌日、何事もなかったかのうように俺達は訓練にでかけたが、中隊長をはじめとする上級幹部は隊舎に残り隊員がいなくなった隊舎内を徹底的に捜索したがこれまた何もでてこない。後で聞いたことだが、中隊長には隊員からの情報で、事件の夜に隊舎外に出た可能性のある隊員がつかめていたそうだ。訓練を終了して隊舎に戻ってきたその隊員を呼びつけ詰問したところついに白状したらしい。その隊員はなんと訓練中も盗んできたカバンを背嚢(リュックサック)の中に入れて訓練していたのだ。身体検査の際には多分ベッドのマットレスの下にでも入れておいたのだろうと思う。とにかく中隊長は警察にこのことを報告しその隊員は逮捕された。
 事件はその日の内にマスコミに伝わり夕方のNHKの全国版ニュースにも取り上げられたのを覚えている。翌日、俺達はそそくさと隊舎を後にして原隊への岐路についた。
 とにもかくにもこのスキー訓練は印象の深い出来事であり、また今振り返ってみると俺にとって自衛隊を辞める決心をさせたのもこの事件だったと思う。