それ行け!小隊長! (戦闘訓練 IN 富士学校) | ■ はなとだんなのぼやき帳 ■

それ行け!小隊長! (戦闘訓練 IN 富士学校)

EPISODE5 戦闘訓練(IN 富士学校)


幹部候補生学校を卒業と同時に3等陸尉に任官した後、俺も含め同期の連中は各赴任先へばらばらに散って行ったわけだが、数ヵ月後BOC(Basic Officers Course 幹部初級課程)に入校するため(陸上自衛隊の場合は静岡県の御殿場にある)富士学校に集められた。ここではこのBOCでの体験を述べたいと思う。
 BOCでは文字通り幹部としての基本的な素養を身につけさせるために、訓練や座学(教室での授業)が行われる。ある日、当番持ち回りで俺が班長の日に戦闘訓練で演習場へ出かけたときだ。たしか昼からの訓練だったと思うが出発のときからどうも天候がくずれるような雲ゆきだった。予定どおり俺達は泥にまみれながら戦闘訓練や突撃訓練を行っていたのだが、案の定雨が降りだした。皆、当然カッパやポンチョを携帯しているので雨くらいでは別に驚かないのだが、この日は雷雲が発生していたらしく、遠くのほうで雷鳴が鳴り響いており、その音がどんどん近くなってきているのだ。落雷も遠くで見え始め雲からバリバリと地面まで到達しているのが見えた。教官はさすがに危険を感じ、皆が携行している銃を脚を立てて一箇所に集めさせ、さらに身につけている金属も極力はずして銃と一緒にかためて置いておくように指示し、銃を集めた場所からかなり離れたくぼ地に皆を避難させた。
(余談:富士学校の周辺には、富士の広大な裾野を利用して東富士演習場や北富士演習場といった、自衛隊の演習場所が各所に点在しており、入校中はこれらの演習場を走り回らされたものだ。裾野であるため、快晴の日にはかなり山すそまで見渡すことができ、その絶景を見ながらの訓練後のタバコはうまいの一言につきる・・・。また富士周辺でキャンプしたことがある人ならお分かりだと思うが、夜間訓練で歩哨にたつときなどはその星空の美しさにはついつい見入ってしまうくらいだ。普段あまり夜空を見上げることなどないが、夜間訓練中は照明もなにもなく新月の日などはほとんど手探り状態で前へ進まなければならないため、必然的に明かりのある星空へ目がいく。すると夜間飛行のジェット機の点滅する光や流星が目に飛び込んでくるのだ。富士にいた6ヶ月間で流星を数十個見たと思う。また、先のジェット機の光を見ながら、「俺はこんな富士の原野で何をしているんだろう」と感傷的にもなったのを思い出す。
余談の余談になるが、夜間歩哨時等の喫煙の仕方で覚えていることを書いておこう。火をつける時が一番光量を発するので特に注意が必要で、着火するときは完全に周囲に光がもれない場所(たこつぼ内等)でするしかない。さらに着火後もタバコの火を手で覆うようにして吸わないと光が漏れることになる。煙を吸うときには吸っていないときの数倍にも光量が増すため特に注意が必要だ。訓練中も教官が数百メートル離れたところでタバコを吸わせたことがあったが、暗闇に小さい赤い点がくっきり見えた。あれではたしかにこちらのいる位置を教えてしまうし、格好の標的となってしまうだろう。)
さて、話を雷に戻そう。くぼ地で身を低くして雷雲が過ぎ去るのを待っていた俺達だが、ようやく雷雲も遠のいたのでそそくさと学校への岐路についたのだった。帰隊後、早速雨で濡れた銃や機関銃を手入れにかかり、班長である俺は最終的に武器庫ですべての銃が格納されたかを確認していた。武器には全て台座が用意されており、自分の銃はもちろんだが機関銃等もすべて格納する台座に立てかけるため揃っていないと一目で分かるしくみになっている。個人の銃の確認を終えた後、機関銃の台座を点検するとまだ1丁が格納されていない。まだ手入れが終わっていないんだろうと思い、急がせるつもりで隊舎に行くと全員が銃は返納したと言う。少し青くなった俺は本日機関銃手に当たっていた5人に聞くとやはり一人が朝は持っていったが帰りはだれかが持って帰るだろうと勝手に思い込み自分の銃しかもって帰らなかったというのだ。通常戦闘訓練を行う場合には機関銃手の役も持ち回りで行うので、全員が自分の銃も携行した上でさらに割り当てられた数人が機関銃も携行するという具合だ。
俺は早速教官室に飛び込み事情を話すと、教官はすぐさま俺をジープに乗せ演習場へと急いだ。すると全員がかためて銃をおいた場所にぽつんと機関銃が1丁寂しそうに置いてあったのだ。俺も教官もホット胸をなでおろしたのだが、なんともお粗末な話しであった。雨で体もびしょぬれになり、みんな早く隊舎に帰ることしか考えていなかったため、誰一人として最終的に銃が残っていないかを確認していなかったのだ。
 無事に機関銃がみつかったから良かったものの、あの時もしみつからなかったらどうなっていただろうと思う。